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January 02, 2008

正月に思ったこと

正月早々にジャスミン精油が売り切れてしまったので本日発注をしました。ついでに、以前発売していたアンバとケワラ、新しい精油でスガンダ コキラでネパール減産のクスノキの精油です。この精油はスピリチュアル的に効果のある精油です。

昨年から新しい精油は増やさないで現在ある精油を販売促進することに努力すべきであると標語まで掲載しています。しかし、調べているとアユールヴェーダー、伝統医療、スピリチュアルに効果がるあると書いてあると買いたくなってしまいます。

今年はある時期で新しい精油の買い付けを止めにして、現在販売している精油を深く掘り下げていく必要があります。どうしても良いと思うと買ってしまう傾向があります。優先順位をつけていれば買う前に良く考えるのかもしれません。自分だけ良いと思ってもお客様にその良さを的確に伝えて購入していただけなければ商売にならいません。

これからは購入する前に需要が喚起できるのかを考える必要があります。また、現在購入している未発売精油やサンプルで取ってある精油を販売していくつもりです。

どうしてもいろんなことに興味を持って風呂敷を広げてしまう傾向がらありますのでしぼっていく必要があります。一所懸命は一つのところ(畑)を命をかけて耕すことであると大学の倫理学で学習したことを思い出しました。広げすぎると手入れが行き届かぬことになります。

会社でも資源を集中するために本業と関係ない部門は他社に売ってしまい本業に集中してます。こちらも資源には限りがるので少しづつでも多くの精油を扱えば資源が必要になります。

昨年、癒しフェアに出店して、香りも嗅いだこともない知られていない精油を主に扱っているフィトアロマ研究所では、まず香りを嗅いで頂く機会を増やすことの大切さをしりました。

今年はいろんな機会に精油を知っていただくために香りの行商に力を入れたいです。また、癒しフェアには出店したいと思ってます。

今年もブログの源泉であるフィトアロマ研究所をよろしくお願い申し上げます。

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Comments

フィトアロマさんの精油で思うというか、取り扱いをしてみたいという個人サロンの方と数人でお話ししていて共通して言われることは、ベーシックな精油が少ないということ。変わったものが多いのはいいけど、サロンで扱うには、主となるベースラインの精油がそろっていることが条件になり、そこからみると、ラインナップが少ないという点です。
また、アアーユルベーダは、スピリチュアルな感じじゃなく、医療的な面を重視していて、スピリチュアルな部分は同じインド系のヨガのものですから、精油の分類も、スピリチュアル系というより、アーユルベーダという別のカテゴリで分けたほうが、イメージ的にも使いやすいかなと思います。
 また、スピリチュアルということの定義がなされていないので、フィトアロマさんのいうスピリチュアルという言葉の定義も明確になるといいなと思います。
ヨガだと宗教的名修業という一面を持ちますし、たんにメンタルなものなのか、いわゆる霊能者的なことなのか、スピリチュアルにもいろいろなタイプがあるようなので、そのあたりが明確だと使いやすいかなと思います。

Posted by: タカ | January 03, 2008 at 11:48 AM

タカさま
貴重なコメントありがとうございます。ご指導いただきながらベースラインになる精油を販売するようにします。
アアーユルベーダの本を集めて読んでますが医療的に書かれた本が多いです。アユールベーダで使用されている植物で精油のあるものはアユールベーダ関連精油としてまとめるようにしたいと思いました。
ご指摘のようにスピリチャルに関しての定義をしていないのに様々なことをひとまとめにしてしまってます。
サトルアロマセラピーの本から影響を受けてそれをスピリチュアルにしてしまいましたので表題をサトルアロマセラピーに変更します。
いろいろとご指摘いただきありがとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

Posted by: おっさんアロマ本人 | January 04, 2008 at 10:54 PM

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