« 天と地を結ぶ超科学:テスラ、鞍馬山、そしてレイキが明かす「天地一貫の命」の正体 | Main | 《凌霜とは何か》 《人生の拠り所を求めて ― 天津神からいただいた心身を守る道》 »

June 08, 2026

《序章|Introduction》 《古事記のこころに私たちのこころを照らす》

《序章|Introduction》

《古事記のこころに私たちのこころを照らす》
《Reflecting Our Hearts in the Heart of the Kojiki》

《サブタイトル|Subtitle》

《小野善一郎先生の教えから学ぶ、天地一貫のいのちへの旅》
《A Journey Toward the Life that Unites Heaven and Earth through the Teachings of Rev. Zenichiro Ono》


《リード|Lead》

私は長年、小野善一郎先生の古事記の勉強会に参加し、《大祓詞》を奏上してきました。

当初は古事記を学ぶこととは、神話の意味を知ることだと思っていました。

しかし小野先生は、

《言葉の解釈だけでは古事記は分からない》

《こころを読まなければならない》

と繰り返し語られていました。

また、本居宣長記念館で館長さんから伺った、

《古事記を理解するためには漢字ではなく音が大切である》

という言葉も、今になって深く心に響いています。

古事記の勉強会で学んだことを思い出しながら対話を続けているうちに、それまで別々だった点と点が少しずつつながり始めました。

対話によって見方の材料が増え、新たな気づきが生まれ、次に進むことができました。

このシリーズは、その学びの道のりをまとめたものです。


《本稿は|This Article Covers》

《1. なぜ古事記を学ぶのか|Why Study the Kojiki?》

《2. 本居宣長と《音》|Motoori Norinaga and Sacred Sound》

《3. 小野先生の《こころを読む》|Reading the Heart Beyond Words》

《4. 体認と感得|Embodied Realization and Intuitive Knowing》

《5. 本シリーズの流れ|Series Roadmap》


《本文|Main Body》

《1. なぜ古事記を学ぶのか|Why Study the Kojiki?》

古事記は単なる神話でも歴史書でもありません。

小野先生は著書『日本を元気にする古事記のこころ』の前書きの中で、

《古事記のこころに私たちのこころを照らしあわせ、先祖の神々の御霊と一緒に今生きているという日本人の本質を明らかにする》

という趣旨を述べられています。

私はこの言葉に、古事記を学ぶ意味があるように思います。

古事記は過去を知るためだけの書ではありません。

今の私たち自身の心を見つめるための書でもあるのです。


《2. 本居宣長と《音》|Motoori Norinaga and Sacred Sound》

本居宣長は、古事記を理解するためには、漢字の意味だけではなく《音》が重要であると考えました。

古代の人々が発した言葉は、まず《音》として人々の心に響いていました。

《しらす》

《うしはく》

《ことごころ》

《かんながら》

これらの言葉も、本来は音として生きていた言葉です。

だからこそ私は、大祓詞もまず《音》として受け取り、奏上することに意味があるのではないかと思うようになりました。

《3. 小野先生の《こころを読む》|Reading the Heart Beyond Words》

小野先生は、

《言葉の意味だけでは古事記は分からない》

《こころを読まなければならない》

と語られていました。

古代の人々の心を、現代の理屈だけで理解することはできません。

《しらす》

《異心》

《惟神》

という言葉も、単なる概念ではなく、天地自然と共に生きていた人々の心から生まれたものです。

古事記を学ぶとは、その《こころ》に触れることなのだと思います。


《4. 体認と感得|Embodied Realization and Intuitive Knowing》

小野先生は、

《体認》

《感得》

という言葉をよく使われました。

体認とは身体で認めること。

感得とは感じて得ること。

理屈だけで理解するのではなく、自ら体験し、身体で知ることです。

先生は、

《そこに喜びがある》

と語られていました。

大祓詞も同じです。

意味を完全に理解してから奏上するのではなく、まず音を発し、呼吸を整え、身体で感じる。

その中から少しずつ理解が深まっていく。

私はそこに古事記の学びの本質があるように思います。


《5. 本シリーズの流れ|Series Roadmap》

本シリーズでは、小野善一郎先生の教えを手がかりに、次のような流れで学びを深めていきます。

《第1回》
《凌霜とは何か》
《What Is Ryōsō?》

《第2回》
《ある世界と作られた世界》
《The World That Is and the World That Is Made》

《第3回》
《しらすとうしはく》
《Shirasu and Ushihaku》

《第4回》
《異心(ことごころ)とは何か》
《What Is Kotogokoro?》

《第5回》
《大祓詞は何を祓うのか》
《What Does Ōharae-no-Kotoba Purify?》

《第6回》
《天壌無窮の神勅と天照大御神の御心》
《The Divine Mandate of Eternal Heaven and Earth and the Heart of Amaterasu Ōmikami》

《第7回》
《言霊と音の力》
《Kotodama and the Power of Sacred Sound》

《第8回》
《体認と感得》
《Embodied Realization and Intuitive Knowing》

《第9回》
《現代社会と異心》
《Modern Society and Kotogokoro》

《第10回》
《香りと祓い》
《Fragrance and Purification》

《最終回》
《天地一貫のいのちと惟神の道》
《The Life that Unites Heaven and Earth and the Way of Kannagara》

学びを進める中で、新たな気づきが生まれれば内容が発展することもあります。

私自身も学びの途中にあり、このシリーズを通して古事記のこころに私たちのこころを照らし合わせながら、《天地一貫のいのち》について考えていきたいと思います。


《まとめ|Summary》

古事記は知識として学ぶだけの書ではありません。

本居宣長は《音》を重視し、小野善一郎先生は《こころ》を読むことを重視されました。

そして先生は《体認》《感得》を通して、天地一貫のいのちを感じることの大切さを教えてくださいました。

本シリーズは古事記を解説するためだけのものではありません。

古事記のこころに、私たち自身のこころを照らし合わせる旅なのです。


《次回予告|Next Issue》

次回は、小野善一郎先生が題名にされた《凌霜のこころ》について考えてみたいと思います。

なぜ先生は、

《異心を祓って、祓って、祓って守り通していきたい》

と語られたのか。

その原点をたどってみます。

いつもありがとうございます。

|

« 天と地を結ぶ超科学:テスラ、鞍馬山、そしてレイキが明かす「天地一貫の命」の正体 | Main | 《凌霜とは何か》 《人生の拠り所を求めて ― 天津神からいただいた心身を守る道》 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 天と地を結ぶ超科学:テスラ、鞍馬山、そしてレイキが明かす「天地一貫の命」の正体 | Main | 《凌霜とは何か》 《人生の拠り所を求めて ― 天津神からいただいた心身を守る道》 »